モーション・ピクチャー・シューティング

MOTION PICTURE SHOOTING 自主映画制作記

窓と男とライフルと、女の物語

昔むかし……

 

思春期の少年は、大人の秘密を覗いてみたくて、

父親の書斎に潜りこんだ。

 

そこに期待していた写真の載っている本は一冊も無かった。

それでも本棚を片っ端から漁る手を止めない少年。

「なにかあるはずだ、オトナの刺激が」!

そして目に留まる。

『ウィンチェスターM70』、『凶銃ルーガーP08』、『野獣死すべし』……。

手垢のついた文庫本の背表紙からは、野蛮な匂いがした。

本を捲ると目に飛び込んできたのは、

理不尽としか思えない暴力の応酬と

獣の交尾のようなベッドシーン。

あらゆる体液と機械油と、硝煙の香りが嗅げた。

 

物心ついた時から本が友達だった少年は驚愕する。

「これは物語なのか? こんな小説が存在したのか!」

主人公が凶器を手にする度に、何ページにも亘って解説されるそのメカニズム。

発射された弾丸が人体を抉るのと、

女体が快楽で捻れる描写が、同列だった。

官能という言葉の意味がわかった気がした。

ストーリーはどうでも良かった。

異常なまでのディティールの濃密さと、

狂気という言葉では陳腐に思えるほどの破壊衝動の強烈さに眩暈がした。

 

「子供が見てはいけないものを見た」という感動が、

並の映画の比ではなかった。



その作者、【大藪春彦】。

 

その少年、30年前の私に最も衝撃を与えたものは、

フィクションの中にはなく、

大藪氏関係者へのインタビュー記事をまとめた一冊の本の中にありました。



以下、30年前の記憶に基づくものです。

 

文壇デビューしたての作家のもとへ遣わされる

一人の新人編集者。

「あのオオヤブって男は怖い……」

そんな噂を耳にして、腹をくくるR女史。

「男が怖がるような男のところへ原稿を取りにいくのだ……」

訪れた書斎はアパートの一室。

野獣死すべし』を書いた男がいた。

その部屋の中で、

男はライフルを撃っていた。

窓の外に向けて。

彼方に見える銭湯の煙突を狙って。

男は言う。

「これが俺の日課だ」と。

「こうしている時、自分は生きていると感じる」のだと。

 

Rさんはこうして大藪春彦という作家と出会った。

そして、大藪夫人となった。

 

「この人の側にいてあげないといけないと思った」。

その日のことを振り返って夫人はそう述べた。



事実は小説より奇なり。

 

今だって……

にわかに信じ難いハナシ……。

 

昭和何年代の話?

三十年代……1950~60年代か?

それにしたって、

首都東京で、借家の窓からライフルを撃つ?

遠くの煙突に命中させていたのだから、

空気銃なワケがあるまい。

 

当時の東京はまだ田園地帯も多かったろう。

私の田舎では銃声は“環境音”だった。

山や畑で誰かが鉄砲を撃っていても、いちいち気にとめる人はいなかった。

20年前上京した時、「東京は銃声の聞こえない街だ」と思った。

それでも最初に住んだ小金井はまだ田畑が多く、たまに轟いた。

聞こえる度に田舎を思い出した。

 

アパートの窓から、狙撃の毎日……。

ありえたのだろう。

周囲に怖がられたのは確かだろうけど。



なにより、

そんなことをしている男を見て、

一緒になる女性!

 

いらっしゃったのだと。



子供の頃の記憶であり、

未だ再読、確認が出来ていない記事ですが、

昔むかし、

確かに私の心を撃ちぬいた男と女の物語。

 

今でも父の本棚にあるだろうか……。



数年前に電撃のように蘇ったこの記憶。

私の映画は……

窓と男とライフルと、女の物語だ。

「あぁ、7年前にたまたま思いついた……訳ではないのか」

 

ずいぶん前に、蒔かれたタネだったのかもしれません。

 

桃栗三年柿八年。

この映画の実りには、えらく時間がかかっておりますが、

収穫してみせまする。


写真は、つくだ煮でお馴染み、

地価上昇率ランキングのニュースでも話題の佃島の風景。

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2012

劇中の実景で使わせていただく予定。

煙突がターゲット……ではありません。念のため。



すでに撮影済み。

なのに現像はまだ……という、この現状!